日本の歴史教科書



日本の歴史教科書は、歴史を捏造しているのか?
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日本の歴史教科書は、歴史を捏造しているのか?
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歴史教科書問題(れきしきょうかしょもんだい)とは、歴史教科書の記述や、ある歴史の認識や解釈をめぐって関係各国で発生した諸問題のことである。日中韓の場合、主に近代史や現代史の記述について論争となることが多い。また中国では歴史認識問題、韓国では歴史歪曲問題と言われることも多い。

歴史教科書問題がしばしば話題にあがる地域としては、先進国であるドイツ連邦共和国の周辺地域や日本国の周辺地域、があるが、そのほかに中華人民共和国が侵攻したベトナム社会主義共和国などがあげられる。このうち、日本については、教科用図書(教科書)の教科用図書検定(教科書検定)や教科書採択などの国の教育システムそのものに関連して議論が行われることが多い。これは近隣諸国条項があるためである。

※近隣諸国条項(きんりんしょこくじょうこう)とは、日本国の教科用図書検定基準に定められている「近隣のアジア諸国(中国、韓国、北朝鮮)との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること。」という規定。

1982年(昭和57年)6月26日付朝刊の各新聞が、日本国内の教科用図書検定において、昭和時代前期の日本の記述について「日本軍が「華北に『侵略』」とあったのが、文部省の検定で「華北へ『進出』」という表現に書き改めさせられた」と報道したことを発端に外交問題に発展した(この報道については下の節を参照)。その後、日本政府は、『「歴史教科書」に関する宮澤喜一内閣官房長官談話』によって解決をはかる。文部科学省においては、教科用図書検定基準の中に「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること。」という近隣諸国条項の追加が談話と連動して行われた。

一部の人々は、近隣諸国条項は、日本の歴史分野の教科用図書検定について、日本国に対して中華人民共和国や大韓民国が抗議することの慣例化や、日本政府がこの抗議に対し取り立てて反論せず受け容れることの習慣化につながったと、指摘している。また、教科書以外の点、靖国問題やスポーツの場についても、中華人民共和国や大韓民国は責める立場で、日本国は責められる立場という図式がしばしば見られるようになっていった。一部の人々は、これもまた近隣諸国条項によるものであるとして、政治的・外交的な損失を招いているという見解をもっている。また現在の日本の世論の一部は、教科用図書検定に関する中華人民共和国や大韓民国の抗議は「国家固有の主権を侵害するものである」との、考えをもっている。一方、日本国の外務省は、「内政干渉には当たらない」と発表していた。(この外務省の発表については、外務省内の親中国政策を指向する一派である「チャイナスクール」の影響が示唆されている。)

本条項は、学校教育法(昭和22年法律第26号)を大本として公示された文書(告示)の1規定であり、教育法規に付随する文書である。このことから、ほかの教育法規などと同様に近隣諸国条項の解釈も、教育そのものが持っている目的などを踏まえて行うことが妥当であるともいわれる。しかし、教科用図書検定の実施者が政治的責任も有している文部科学大臣であるため、教育法学の枠内に留まらない多面的な解釈が行い得る可能性も指摘されている。

発端となった実教出版の「世界史」の「華北へ侵略」を「華北に進出」と書き換えた記述は存在せず誤報であった。これは6月16日の教科書検定の集団取材において日本テレビ記者が担当した世界史教科書の取材において実教出版の教科書の「華北へ侵略」記述に対し、直さなくてもよい改善意見(B意見)が付記されたことと、帝国書院の「世界史」にあった「東南アジアを侵略」が「東南アジアへ進出」や「日本の中国侵略」が「日本の満州占領」、「特に東三省に駐屯する関東軍は…満州国をつくった。この侵略にたいして」が「特に東三省に駐屯する関東軍は…満州国をつくった。これらの軍事行動にたいして」などの検定書き換えがあったことを混同した結果であった。この集団取材の結果を6月22日に各社持ち寄って6月26日に報道したことが誤報の始まりであった。時の文部省教科書検定課長藤村和男は「最初は『侵略』から『進出』への書き換えがあったかもしれないと思っていた。それまでの検定で、『侵略』にはずっと改善意見をつけ、直した社も直さなかった社もあったからだ」と話す。当時の検定意見には、必ず直さなければならない修正意見(A意見)と、が直さなくてもよい改善意見(B意見)あった。「侵略」には、強制力の弱い後者の検定意見がつき、判断は教科書会社に委ねられていたのである。だが実教出版の教科書にはいくら探しても「華北へ侵略」を「華北に進出」書き換えの該当部分が見つからなかった。このことは当時の鈴木薫中等教育局長が7月30日の衆議院文教委員会において「この華北への侵略というような点については、今回の検定の教科書を精査いたしましたが、この部分についての該当は当たらないわけでございます」と答弁し、同日、藤村和男も衆議院外務委員会においても「ことしの春終了しました教科書の検定で、日本史、世界史の中で調べてみますと、原稿が『華北侵略』あるいは『全面的侵略』となっておって、それに意見をつけて『華北進出』『全面的進出』というふうに改められた事例は見当たらないわけでございます」と答弁しており、すぐに新聞でも報道された。「今年の検定で『侵略』を『進出』と変えた例はいまのところの文部省調査では見当たらない」(7月30日付朝日)。「これまでの調べでは今回の検定で『侵略』が『進出』に言い換えられた例は見つかっていないという」(同日付毎日)。「検定前も『日本軍が華北に進出すると…』であり、『中国への全面的侵攻を開始した』である。検定で変わってはいないのだ」(7月28日付産経)。朝日新聞は8月14日付では「『侵略』を『進出』になどと歴史教科書の記述を検定によって書き改めた、いわゆる歴史教科書問題は、・・・」と報道したが、朝日新聞8月25日付では「文部省は・・・「今回の検定で・・・中国側が指摘しているような、日本軍の華北への侵略、中国への全面侵略の『侵略』を『進出』に変えた例は、いまのところ見当たらない」ことを7月30日に続いて報道し、「朝日新聞社のその後の調査によっても、文部省のこの発言は事実と認められる」と、当初の華北部分については報道が誤報であったことを再度確認する記事を掲載した。 だが、国会での藤村答弁以降すぐに「侵略」を「軍事行動」に書き換え「東南アジアへ侵略」を「東南アジアへ進出」と書き換えた帝国書院版の実例があると指摘され、前述のように「侵略」を「進出」に書き換えるB意見の改善意見が実教出版版「世界史」にも存在していたことも指摘された。以後の国会での論戦は、最初に報道された「華北」部分以外の侵略進出書き換えについてであった。つまり、華北部分についての書き換えが無かったことが政府説明員の答弁で確認された後は他部分の書き換えを何故したかの追求に変わったのである。政府説明員の答弁は「用語の統一」であったが、質問者は「それでは何故、ドイツや蒙古(モンゴル)は『侵略』で日本は『進出』にしたのか」と詰問した。この論議の果てに宮澤談話が出たのである。

書き換え報道があってから2ヶ月後の9月2日になって文藝春秋社のオピニオン誌「諸君!」に渡部昇一の「萬犬虚に吼えた教科書問題」が掲載された。「諸君!」の渡部論文は、後に南京事件研究家として知られるようになる板倉由明の調査や8月6日付世界日報「テレスコープ」「実際は変わっていない“教科書”」「一部を誇大に報道」「『侵略』記述は、逆に増加」などを参考にしている。また、週刊文春には「意外『華北・侵略→進出』書き換えの事実なし」が掲載され、9月7日には産経新聞が一面で訂正お詫びを掲載した。ここに「侵略進出書き換えは誤報である」との主張が始まった。一方朝日新聞は9月19日付の「読者と朝日新聞」という中川昇三社会部長名の四段の囲み記事で、「『侵略』→『進出』今回はなし」「教科書への抗議と誤報」「問題は文部省の検定姿勢に」と報じた。「一部にせよ、誤りをおかしたことについては、読者におわびしなければなりません」としながら、「ことの本質は、文部省の検定の姿勢や検定全体の流れにあるのではないでしょうか」「侵略ということばをできる限り教科書から消していこう、というのが昭和三十年ごろからの文部省の一貫した姿勢だったといってよいでしょう」と書いた。毎日新聞は9月10日付「デスクの目」で、この問題に触れ、「当初は、これほどの問題に発展すると予測できず、若干、資料、調査不足により読者に誤った解釈を与える恐れがある部分もあった」「不十分な点は続報で補充しており、一連の報道には確信を持っている」と書いた。

以後、教科書検定を巡る論戦は、一方は「侵略から進出への書き換えはなかった。明らかな誤報であり、左翼が気に食わない教科書検定を攻撃したに過ぎない」と主張し、他方は「これは誤りだが侵略を進出と書き換えた教科書自体は実際にあったし、書き換えの無かった教科書も文部省による改善意見はついていた。教科書検定への批判自体は正当だ。右翼はあえて「華北」を略して全てが誤報であったと捏造している」と主張する事態となった。町村文部大臣時代には民主党議員が「侵略進出書き換えは誤報であったのでは」との質問に町村大臣が「誤報であった」と認める答弁をし、次の遠山文部大臣時代に社会民主党議員が「町村前大臣時代の『侵略進出書き換えは無かった』はあくまで『華北』についてであり他の部分ではあったのでは」と質問し、岸田副大臣や政府委員が「侵略進出書き換え自体はありました。無かったのは華北部分」との答弁をしている。

歴史分野における教科用図書検定では、個別の教科書ごとに全体的な記述の調和を取るということで教科書内の用語使用に言及する「改善意見」(現在の「検定意見」の1部分に相当)もあった。「侵略」などの用語使用にかかわるものもそれに含まれていたと後者は主張しており、1978年には検定前後で「侵略」が「進出」に変わっている具体例があることを指摘している。



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